競馬のこと

安田記念 瞬発力NO1はどの馬だ?上半期マイル王決定戦

競馬ファンの中には競馬の祭典「日本ダービー」が終わると、
一つの区切りみたいに感じる事が有るようですが、競走馬には当然ながらそんな事を感じている筈はありません。
厩舎関係者も同様だと思います。(ダービー関係者の中には居るかも知れませんが。)

「日本ダービー」等のクラシックは、3歳時にしかチャレンジ出来ませんが、
直ぐ翌週には3歳以上が参戦出来る「安田記念」という、やはりG1レースが開催されます。

距離は1,600mと余り長くはないですが、
約1分30秒という短い間に、ダービーとはまた違ったドラマも生まれて来ました。

その道のスペシャリストと言われる名馬も誕生していますが、
安田記念とはどんなレースなのか、またどんな馬たちがレースを盛り上げたのか、
改めて振り返っていきたいと思います。

安田記念とは?

『距離別レースと名前の由来』

本題に行く前に、触れておきたい事が有りますので少し脱線します。

競馬には競走馬の距離適性が、レース結果に大きく左右される事が有ります。
血統の問題も一因と思われますので、その馬の適性能力と性格を見極め、どう調教してどのレースに出走させるか。
その出走させたレースで好結果を残す様にする事が、厩舎及び調教師としての腕の見せ所だと思います。

人間にも同様な事が言えないでしょうか。
例えば陸上で、100m走、200m走を得意としてる人が、1,500m走や、まして10,000m走には出ませんよね。
筋肉の違いや、鍛え方や練習方法も異なるなどが理由も有り、最高のパフォーマンスを発揮出来る距離が有ると思います。

水泳やスピードスケートなども同様で、着順やタイムを争う競技には当てはまるのではないでしょうか。
これは練習で補えるものもあるでしょうが、生まれ持った才能とかが大きく影響するかも知れません。

競争馬もそういった要素により、どのレースを走らせるかが重要になるのです。
プラス右回りか左回りか、直線が長いか短いか、馬場状態や脚質も影響する事がありますね。

良馬場(晴れて馬場状態が良い)は得意だけど、重馬場(雨が降りぬかるむ馬場状態)は、のめる様で走らないとか、
東京競馬場は左回りで、最後の直線が長いから追い込み馬には有利だ、とかです。
様々な要素が絡み合ってその馬の適性と合えば、勝利する確率も格段に上がったりもします。

その様な事を色々考えて予想するのも、競馬の楽しみ方の一つではないでしょうか。
当然予想を当てたいと思っている人がほとんどだとも思います。

現在JRA(日本中央競馬会)主催のレース距離は、1,000mから3,600mまで有るのですが、
距離により「短距離」「中距離」「長距離」と、おおまかに3種類に分類されています。
※平地レースに限り、1,100m、1,900m、2,100m、2,700m~2,900m、
3,100m、3,300m、3,500mは有りません。

「短距離」:1,000m~1,600m
「中距離」:1,800m~2,200m
「長距離」:2,400m~3,600m

一般的に上記の3通りに分かれ、間の1,700m、2,300mのレースも有りますが、芝のG1レースは有りません。
全ての分類距離において「G1」レースは設置されていて、「安田記念」は短距離のG1レースに該当します。

メートル法採用国である日本では1,600mですが、
ヤード・ポンド法採用国の競馬発祥の地イギリスでは1マイル(注)と呼びます。
注):正確には1マイル=1,609.34mとなりますが、JRAでは端数は有りません。

安田記念とは別に、11月に京都競馬場で開催されるG1で「マイルチャンピオンシップ」というレースが有ります。
やはり距離1,600mなのでマイルという名が付くのですが、安田記念は春に行われるので、
タイトルの様に「上半期のマイル王決定戦」という名でも呼ばれているのです。

さて前置きが長くなりましたが、本題に戻りましょう。

「安田記念」は、JRA主催のG1レースで、東京競馬場にて芝コース、距離1,600mで行われます。
現在の出走条件は、3歳以上の牡馬、牝馬、外国産馬、外国馬、地方競馬所属馬が対象となり、
1996年から開催時期は「日本ダービー」の翌週に開催されるようになりました。
現在の優勝賞金は、1億1千万円です。

記念すべき第1回は1951年、4歳(現3歳)以上のハンディキャップ競争(※)として「安田賞」の名称で創設されました。
(もっと古い頃からかと思いましたが、戦後だったと知り少し驚きましたね)
競争名の「安田」は、明治、大正、昭和にまたがって競馬界に携わった、
JRAの初代理事長「安田伊左衛門」の名に由来します。
※ハンディキャップ競争:出走する競走馬が出来るだけ平等に勝てるよう「ハンディキャッパー」と呼ばれるJRA職員が、
適切な判断で「負担重量」を決定しレースを行う事です。

安田氏は競馬法制定や日本ダービー創設などに尽力し、多大な功績も残しました。
現在東京競馬場には、安田氏の功績を称えて「胸像」が建立されてもいます。

その安田氏が1958年に死去したため、その年より現名称「安田記念」に改称され現在に至ります。
距離や開催競馬場は当初の「東京競馬場1,600m」と変更はないのですが、
1984年にG1に格付けされた際、5歳(現4歳の古馬)以上の定量戦(※)に変更され、
開催時期も「オークス」の前に移設されていました。
※定量戦:レース毎に負担重量を決定する基準が設けられているレースのうち、
「馬の年齢と性別を基準に定められている」レースの事です。
(初心者や詳しくない人には、ちょっと難しいかも知れませんね。)

また、外国産馬は1984年から、外国馬は1993年から、地方競馬所属馬は1995年から、
それぞれ出走可能となり、1996年からは現在の条件、日程に変更され開催されてきました。
※「オークス」は「優駿牝馬」、「日本ダービー」は「東京優駿」が正式名称ですが、
ここではレース名(俗称)で記載していきますのでご了承ください。

ここで「外国産馬」と「外国馬」の違いを、簡単にですがおさらいしておきますが、
「外国産馬」とは「日本国外で生産された馬」で、
「外国馬」は「日本国外で生産され外国の厩舎に属する馬」の事です。
他にも細かい規定が有るのですが、今回は割愛させていただきます。

厩舎

過去の安田記念優勝馬と騎手

注目の優勝馬をピックアップしました。

■第1回1951年:「イッセイ」栄えある第1回の優勝馬。同世代の著名な馬として「トキノミノル」という馬が。
知っている人はかなりの競馬通だと思います。騎手は故・保田隆芳(やすだたかよし)氏。※後述します。

■第2回1952年:「スウヰイスー」読み方は(すうぃいすー)と何と呼びにくい事でしょう。
■第3回1953年:「スウヰイスー」呼びにくいながらも牝馬ながら連覇し、前年クラシック2冠の女傑で、
馬主は女優の高峯三枝子氏でした。騎手は3年連続優勝の故・保田隆芳氏。

■第11回1961年:「ホマレボシ」この年の有馬記念も制し年度代表馬になりましたが、そのレースで引退しました。
騎手は故・八木沢勝美(やぎさわかつみ)氏。

■第35回1985年:「ニホンピロウイナー」1,600mのマイル戦以下は非情に強かった稀代のスペシャリスト。
1983年から3年連続で最優秀スプリンターを受賞した名馬です。騎手は河内洋(かわちひろし)氏。

■第40回1990年:「オグリキャップ」ご存じの方も多く、地方競馬から移籍した芦毛の国民的アイドルホースです。
ぬいぐるみ等のグッズは大人気で社会現象にもなり、競馬を知らない人も「オグリ」は知っているという人も居ました。
騎手は武豊(たけゆたか)氏。(天才と怪物のベストタッグとも言われていましたね)

■第42回1992年:「ヤマニンゼファー」第35回優勝馬の「ニホンピロウイナー」を父に持ち連覇しただけではなく、
■第43回1993年:「ヤマニンゼファ-」1993年に2,000mの天皇賞・秋も制しマイル戦以外でもG1制覇。
騎手は同一人物ではなく、42回が田中勝春(たなかかつはる)氏、43回が柴田善臣(しばたよしとみ)氏。

■第58回2008年:「ウオッカ」前年には牝馬として64年ぶり、戦後では初の「日本ダービー」を制覇したばかりか、
■第59回2009年:「ウオッカ」安田記念も連覇し、G1通算7勝を挙げ「史上最強牝馬」とも呼ばれました。
騎手はやはり同一人物ではなく、58回が岩田康誠(いわたやすなり)氏で、59回は武豊氏。

出ましたね、「オグリキャップ」の名前が。
個人的にはファンではありませんでしたが(オグリファンの皆様、怒らないでください)
ハイセイコーという馬以来の社会現象を起こし、第二次競馬ブームを作ったとも言われています。
若い女性ファンも多かったというのも特徴でしたね。

人気だけではなく実力も兼ね添え、マイル戦(短距離)に限らず、暮れの有馬記念2,500mも苦にせず2度制覇し、
短距離から長距離までこなす、オールラウンダーの正に怪物でした。
「芦毛の怪物」とか「オグリ」の愛称で多くのファンに愛された、永遠のアイドルホースとも言われました。


↑第40回オグリキャップの優勝した動画です。

このレースの一つの特徴として「牝馬の活躍が多い」という事が挙げられます。
理由として、「牝馬は瞬発力に長けている」、「スピードが有り切れ味が鋭い」などで、
もう一つは「牡馬よりも負担重量が2kg軽い」と、いった点があると思われます。

やはり人間同様に馬でも体力的な男女差は有る様で、一緒に競技するとどうしても怯む事も有るそうです。
性格も牡馬よりデリケートな面も有り、急に走りたがらなくなる事もあるとの事です。
だから「牝馬限定レース」も有るのですね。納得しました。

因みに外国馬の優勝は2回有り、第50回と第56回で、いずれも香港所属の外国馬(共にせん馬)でした。

『革新騎手・保田隆芳物語(短編)』

ここで是非触れておかなければならないのが、騎手であり調教師でもあった「故・保田隆芳氏」です。
第1回の安田記念から3連覇した事も偉業ですが、遡る事15年前の1936年に16歳で騎手デビューし、
名門厩舎で腕を磨き、主戦ジョッキーとして頭角を現しました。
しかし1941年から約4年間の兵役もこなしていたのです。驚きですよね。

その後数々の今で言うG1を制し、1958年にアメリカ遠征を機に、騎手界に革命的とも言える事をもたらしました。
その時すでに40歳手前、今で言うアラフォー世代だったのです。

当時日本の騎手は、師匠と弟子の関係で師匠の真似をする騎乗姿が一般的で、保田氏も同じでしたが、
渡米後にアメリカの騎手の騎乗姿に感化され、その真似をしたのです。
それが今では当たり前の「モンキー乗り」と言われる騎乗法です。

何故その「モンキー乗り」を習得したかというと、馬に負担が少なく乗れるという利点があり、
それにより馬のパフォーマンスを上げる、果ては勝つ確立が高くなる、というものです。
ただ今までの騎乗スタイルとは比べものにならない位、騎手にとってはきつい姿勢でもありました。

その様な騎乗革命をもたらした事も凄いですが、競馬界にもアメリカでの先進的な考え等を持ち帰り、
名伯楽と言われた調教師から「10年日本競馬の発展が早くなった」と、言わせたそうです。
弟弟子からは「いくつ大きなレースを勝ったという事よりも、あの時代に何を考え何をしたのかという事だと思う」と、
保田氏の凄さを語っていました。

それだけ時代の先を見ていた思考だったのですね。
引退するまで、天皇賞を春秋合わせて10回の優勝と、「天皇賞男」「盾男」とも呼ばれた位でも有り、
前人未踏の1000勝を達成し、通算1295勝は当時の中央競馬記録でもありました。

現在、武豊氏が天才と呼ばれますが、この故・保田隆芳氏も間違い無く天才だと思いますよ。
その後の調教師としても、騎手時代同様活躍し、2009年に89歳でこの世を去りました。
「日本競馬界の至宝」「戦後競馬界を牽引した巨星」とも報じられ、後輩騎手からは、
「日本の近大競馬の礎を築いた方で、保田氏の活躍がなかったら今の日本競馬の繁栄は無かった。」と言われる位、
伝説を残した偉大なる騎手、調教師だったのです。

普段何気なく見ている競馬中継も、こういった事実を知っていると見方も変わり、
より深い思いを馳せながら馬を応援したり、競馬場に行こうという思いにもなるかも知れませんね。

「安田記念」というG1レースで、日本の近代競馬の礎や騎手の変革が判るとは驚きでも有りました。
今後も素晴らしいドラマを展開する事を期待したいと思います。

春のグランプリ宝塚記念2019はもうすぐ!そんな宝塚記念を解説!

ある競馬好きの人達の会話で「もうすぐクラシックの時期だな」と、いう話しを聞きました。
「クラシック?音楽でも流れるのか?」と思う人も少なくはないと思います。

多少競馬に興味の有る人でも、改めて聞かれると即答出来ないかも知れません。
「大きいレースだけは見たり、馬券を購入したりするけどその程度。」
そういう人も結構多いのではないでしょうか。

その「大きいレース」というレースの中には、「日本ダービー」や「天皇賞」などという、
一度は聞いたかもというレースが有ります。
その中に「グランプリ」と呼ばれる独特のレースも有るのです。

毎年、年の瀬に行われる「有馬記念(ありまきねん)」というレースが有るのですが、
そのレースの「副称」が「グランプリ」と呼ばれ、
毎年6月下旬に行われる「宝塚記念(たからずかきねん)」という、
レースとの「総称」としても呼ばれています。

暮れの有馬記念を「グランプリ」と、言うのに対し、
宝塚記念を「春のグランプリ」と、言う様にもなりました。

そういえば有馬記念は何となく聞いた事あるけど、
宝塚記念って余り記憶にないな、そういう人も多いのではないでしょうか。

私事となりますが、競馬歴〇〇年超えています。
ただし、毎週観戦し馬券を購入するとかではなく、
それこそ大きなレースだけ、数ヶ月に一度テレビ観戦したりの程度です。

ですが、その中でも有馬記念に関しては1年の総決算的な意味で、
競馬場に行き、目の前でレースを観戦した年が数年続いた時期も有りました。

現在はインターネット投票でテレビ観戦ですが、
宝塚記念に限っては、余程好きな馬が出走しない限りはテレビ観戦もしてないです。
(こう言うと怒られるでしょうか)

同じ「グランプリ」の名称なのに、「宝塚記念」がイマイチという感じなのは何故なのか。
その人その人の趣味なので、どのレースを楽しむかも自由なのですが、
もう少しスポットを浴びても良いと思う、春のグランプリ「宝塚記念」に焦点を当てて、
注目点などを探っていきたいと思います。

【宝塚記念とは】

『名前の由来』

1956年に当時の日本中央競馬会理事長だった「有馬頼寧(ありまよりやす)」氏が、
中山競馬場の新スタンド竣工を機に、「日本ダービー」に匹敵する大レースをと提案し、
「中山グランプリ」という名称で行われたのが、第一回「有馬記念」でした。

当時では世界でも類を見ない「ファン投票で出走馬を選ぶ」と、いう斬新な方式が採用され大人気となりました。
翌年にその有馬頼寧氏が急逝し、功績を称えて第二回から「有馬記念」と改称しました。
(やはり発想が面白いと、人気が出るものなのですね。
選挙に例えると、自分が投票した人が当選するのと同じ感じでしょうか。)

その人気にあやかって是非関西版をと、阪神競馬場の新スタンドが落成した翌年1960年から、
「宝塚記念」とい名で開催される様になったのが始まりです。
宝塚記念の開催される阪神競馬場は兵庫県宝塚市に有りますが、
その「宝塚市が名前の由来」となりました。

記念すべき第一回は、距離1,800mで、4歳以上の馬が対象でした。
※第二回から2,000mに、そして第七回から現在までは2,200mで、
馬齢は現在の表記では3歳に該当します。

現在の対象馬は「ファン投票選出」「3歳以上」「JRA及び地方所属」「外国調教馬(最大8頭)」
から選ばれますが、ファン投票は上位10頭に優先出走権が与えられます。

その他は「獲得賞金通算額+過去1年の獲得賞金+過去2年のG1での獲得賞金」で、
総計が多い順番で出走が決められます。これは地方所属馬も同様です。
やっぱり出走するまでのハードルは高いのですね。

第一回では、ファン投票で10頭、推薦委員会から10頭の、計20頭が選ばれましたが、
出走した馬はなんと、たった9頭しかいませんでした!
ファン投票1位だったその年のダービー馬「コダマ」は辞退したのです。
栄えある創設記念で9頭の出走とは、何とも悲しい気がしますが。

因みに第一回の記念すべき優勝馬は「ホマレーヒロ」という馬で、騎手は故・近藤武夫氏。
ファン投票4位の馬で、優勝賞金は120万円でした。(今では幾らくらいの価値でしょうか)
※現在は1億5千万円で、天皇賞春、天皇賞秋と同額となっています。

ファン投票選出馬が優勝したのは良かったかも知れませんね。
その後は皆さんも知っているという名馬も優勝しています。
やはりこういう大レースで優勝する馬は、並大抵ではない馬ということです。

現在では海外からの評価も高まり、「春のG1戦線」の締めくくりとしても定着しています。

【過去の宝塚記念優勝馬と騎手】

注目の優勝馬をピックアップしました。

■第6回1965年:「シンザン」戦後初のクラシック(注)3冠馬。騎手は故・栗田勝氏。
注):クラシックとは、現在の3歳牡馬(ぼば)牝馬(ひんば)だけが出走出来る重賞レースです。

■第15回1974年:「ハイセイコー」1970年代社会現象とよばれるほど人気の馬でした。
            第一次競馬ブームの立役者でもあり、この馬の歌も発売され人気に。
            騎手は「鉄人」と呼ばれた増沢末夫氏。

■第18回1977年:「トウショウボーイ」当時「天馬」とも呼ばれ、後に有馬記念も制覇し、
            種牡馬としても優秀な馬を排出しました。騎手は武邦彦氏で武豊氏の実父。

■第29回1988年:「タマモクロス」オグリキャップとの芦毛(注)対決が有名。騎手は南井克巳氏。
注):芦毛(あしげ)とは、馬の毛色の事で、一般に灰色の馬のことです。

■第41回2000年:「テイエムオペラオー」過去最強馬と言う人もいる位の名馬です。
            この年の8戦全て無敗、そのうち5勝が「天皇賞(春)・天皇賞(秋)」
           「宝塚記念・有馬記念」「JC(ジャパンカップ)」という、
            古馬の中長距離G1全てに勝利という前人未踏の偉業を達成した馬です。
            騎手は和田竜二氏。

■第47回2006年:「ディープインパクト」天才ジョッキー「武豊(たけゆたか)」氏が、
           「走っているというより飛んでいる感じ」という名言を残した名馬。
            無敗でクラシック3冠を達成し、引退してもその子供達が大活躍しています。
            騎手は武豊氏。

■第54回2013年:「ゴールドシップ」唯一連覇達成した馬ですが、騎手は違います。
■第55回2014年:「ゴールドシップ」騎手は2013年が内田博幸氏、2014年が横山典弘氏。

やはり素晴らしい歴史を刻んだ名馬たちが優勝していますね。
この他にも「私はこの馬が印象に残っている」「いやあのレースはドラマが有った」等、
当然その人ならではの想い出があると思います。今後も数々の名ドラマを作ってくれるでしょう。
個人的に大好きだった馬「シンボリルドルフ」は、残念ながら出走していませんでした。

颯爽する騎手と馬たち

【その他の重賞レースなど】

ここでG1等の重賞レースのおさらいを。

『G1、重賞の意味は?』

JRAが主催するレースは「馬の年齢」と「獲得賞金額」によるクラス分けで、
どのレースに出走する(出来る)かを決めます。

判り易い様にピラミッド形に当てはめると頂上から順に、
①「G1(略称ジーワン)」②「G2(同ジーツー)」③「G3(同ジースリー)」という
グレードレースが昭和59年より格付けされました。
※格を表す記号として「GRADE」の頭文字である「G」を使用しています。

次に④「リステッド」⑤「オープン特別」⑥「1600万円以下」⑦「1000万円以下」⑧「500万円以下」となり、
デビューは「新馬戦」或いは「未勝利戦」で、基本的に1勝すれば上のクラスへ昇格します。

上から5番目に当たるオープン特別というレースに出走出来るのは、
「オープン馬」という獲得賞金の最高グループに属する馬です。
オープン馬になると、オープン特別からG1まで出走する権利を得ますが、
実力に見合ったレースを厩務員や騎手の意見も交え、調教師が判断します。

「重賞」という意味は時代等の様々な理由で複雑になり、ここだけでは解説しきれませんので、
簡潔に言いますが「G1からG3までのレース」という判断で良いと思います。

「宝塚記念」は「G1」に該当しますが、その他にも重要且つ大人気のレースが有りますので、
「G1」レースだけ確認します。

『G1』

レース名コース距離性齢競馬場
2月「フェブラリーS」ダート1,600m4歳以上東京
3月「高松宮記念」1,200m4歳以上中京
3月「大阪杯」2,000m4歳以上阪神
4月「桜花賞」1,600m(3歳・牝)阪神
4月「中山グランドジャンプ」(注)障害4,250m4歳以上中山
4月「皐月賞」2,000m(3歳牡・牝)中山
4月「天皇賞・春」3,200m4歳以上京都
5月「NHKマイルC」1,600m3歳牡・牝東京
5月「ヴィクトリアマイル」1,600m4歳以上牝東京
5月「オークス」2,400m(3歳牝)東京
5月「日本ダービー」2,400m(3歳牡・牝)東京
6月「安田記念」1,600m3歳以上東京
6月「宝塚記念」2,200m3歳以上阪神
9月「スプリンターズS」1,200m3歳以上中山
10月「秋華賞」2,000m(3歳牝)京都
10月「菊花賞」3,000m(3歳牡・牝)京都
10月「天皇賞・秋」2,000m3歳以上東京
11月「エリザベス女王杯」2,200m3歳以上牝京都
11月「マイルチャンピオンシップ」1,600m3歳以上京都
11月「ジャパンカップ」2,400m3歳以上東京
12月「チャンピオンズC」ダート1,800m3歳以上中京
12月「阪神ジュベナイルF」1,600m2歳牝阪神
12月「朝日杯フューチュリティS」1,600m2歳牡・牝阪神
12月「中山大障害」(注)障害4,100m3歳以上中山
12月「有馬記念」2,500m3歳以上中山
12月「ホープフルS」(注)2,000m2歳牡・牝中山

注):この3レースは土曜日開催です。他は全て基本的に日曜日開催です。

上記のレースの中で、3歳限定(牡、牝)のレースを「クラシック」と言いますが、
牡馬で言えば「皐月賞」「ダービー」「菊花賞」を全て勝利すると「3冠馬」と言い、
同様に牝馬も「桜花賞」「オークス」「秋華賞(注)」を全て勝利すると「牝馬3冠」とも言われます。
注):秋華賞はクラシックではないですが、制覇すると牝馬3冠と言います。
※3歳限定レースで5月の「NHKマイルC」は例外です。
また、牝馬限定に牡馬は出走登録出来ませんが、「皐月賞」「ダービー」「菊花賞」に牝馬が出走する事は可能で、
実際過去に牝馬で「ダービー」などを制した女傑もいます。

「クラシック」とは、
桜花賞、皐月賞、優駿牝馬(オークス)、東京優駿(日本ダービー)、菊花賞の総称。
これらはいずれも古い伝統をもつ3歳馬だけのレースで、イギリスの体系にならって創設された。
(JRAHPより引用)

獲得賞金額は「ジャパンカップ」「有馬記念」の3億円を最高額に、「日本ダービー」の2億円、
次いで「宝塚記念」と「天皇賞(春・秋)」の1億5千万円となっています。
他の3歳以上の平地G1レースも1億円以上となっており、それだけ価値の高いレースの証と判りますね。
(不謹慎かも知れませんが、ジャンボ宝くじの当選金額を思い出しました)

『意外に知らない?宝塚記念だけのファンファーレ』

競馬のスタートはゲートが開き走り出しますが、
スタート前に全ての馬がゲートに入る際の合図として「ファンファーレ」があります。

最近のG1レースでは、スターターと呼ばれるJRA職員がスタート台に上る時から、、
数万人のファンがザワつき始め、ファンファーレが始まるとリズムに合わせて手拍子が起こります。
この光景は異様に感じる時も有る位、凄い盛り上がりとなりますね。

競馬場に行った事の有る方や、テレビ中継を見ている人は聞いていると思いますが、
レースの行われる競馬場ごとで一般競争用、特別競争用、G1を除く重賞用(G2、G3等)で
ファンファーレが違っているのです。


↑日本の競馬のファンファーレ集です。※JRA以外もありますので。

関東の東京、中山の2競馬場での「平地G1用」と、関西圏の京都、阪神、中京の3競馬場での「平地G1用」、
別に障害用が関東、関西圏各1曲が用意されています。
関東と関西で違いはありますが、「宝塚記念」だけは他のG1とは違ったオリジナルなのです。
これは意外でした。

一つの理由として、宝塚記念が開催される時期が6月という事があります。
実力の有る強い馬が早めの夏休みに入る事(放牧)も有り、フルゲート(18頭)になる確立も低くなっています。
ファン投票で選ばれてもいるのに、有馬記念の様にもっと盛り上げなければと、
1999年からファンファーレも宝塚記念独自の物にした、という狙いがありました。

※G1レースのファンファーレは「生演奏」される事が多いですが、他のレース同様テープ放送のレースもあります。
また、JRAの競馬場は10場有りますが、G1レースが開催されるのは上記5競馬場となりますので、
札幌、函館、福島、新潟、小倉の5競馬場ではG1のファンファーレは使用されません。

今回は「宝塚記念」に焦点を当てましたが、まだまだ隠れた逸話など有りそうです、
今後も名勝負が繰り広げられるレースなのは間違い有りませんので、
どんな名馬が誕生していくのか、興味を持って見て行きたいですね。

競馬の初心者が知っておきたい事!競馬歴30年のベテランが解説

最近よく見るテレビCMのひとつに、若い女優や俳優が競馬場に居る場面があります。
以前は、大きなレースの前に「馬が疾走する姿」や、
「騎手のガッツポーズ」等が多かった気がしますが。

競馬場

それだけ競馬のイメージが変わって、
若年層から高齢層まで、しかも男女を問わず幅広い年代に受け入れられる、
そんな時代になったとも言えるのでしょう。
賭け事からスポーツへの変革を遂げた、という人や「競馬はロマンだ」という人も居ます。

その時代のスターホースの出現により、社会現象まで起きた過去も有り、
近年でも、その様な現象は例外では有りません。

ただ、一口に競馬といっても、
「競馬場って何処に有るの?」「レースは毎日行われているの?」
など、様々な疑問が出てくるかと思います。

多少競馬に興味の有る人でも、改めて聞かれると即答出来ないかも知れません。
ましてや、全く知らない人には聞く事自体が間違ってますね。

競馬を知らない人でも、馬の走っている姿を見たら、
意外にも「感動した」「可愛い」など興味を持った人も多いです。
まずは基礎的な知識を得て、競馬場へ向かってみては如何でしょう。

ではゲートインも完了したので「スタート!」です。

スタートゲート

【日本の競馬とは】

『中央競馬と地方競馬』

日本の競馬は主に大きく「中央競馬(注1)」と「地方競馬(注2)」の2つに分かれます。
それぞれに所属厩舎(競走馬を管理・調教する所、いわば家庭)や競馬場が有り、
1月から12月まで毎月、毎週何らかのレースが行われています。
(言うなれば1年中という事ですね)
レースにも平地競争と障害競走に分かれ、平地競争では更に「芝」「ダート(土)」戦に分かれます。

注1):中央競馬とは「日本中央競馬会、通称JRA(ジェイ・アール・エー)」が主催する競馬です。
JRAとは、「日本政府が資本金全額を出資した特殊法人」です。
※以降、日本中央競馬会をJRAと呼びます。

注2):地方競馬とは「地方自治体」が主催する競馬ですが、
「地方競馬全国協会(略称・英語の頭文字よりNAR)」と言われる機関が、
免許などを管理する統括的な役割をしています。

『競走馬=サラブレッド』

現在JRAのレースで走っている競走馬は、全て「サラブレッド」という品種の馬です。
1990年代半ばまでは「アラブ系」という競走馬も走っていましたが、
スピードを重視する傾向になり、現在はアラブ系のレースは無くなりました。
(地方競馬では僅かですが存続はしています。)

「サラブレッド」は18世紀、競馬発祥の地イギリスで品種改良された「血統書付きの馬」の事で、
速く走ることには特化していますが、怪我をし易く、精神的にもデリケートな馬でも有ります。

語源は英語の「Thorough(完璧な・徹底的な)」+「Bred(育てられた・躾けられた)」で、
「エリート中のエリート」と言っても過言では有りません。

今でも強い馬の血筋を後世に残したいと、毎年7000頭以上の競走馬が生産されています。
その数千頭の中のほんの一握りの馬たちが、
たった1頭にしか与えられない栄冠を目指して、関係者と日々鍛錬しています。
そういった経緯を知っているからこそ「競馬はロマンだ」という人も現れるのではないでしょうか。

性別ですが、
「牡馬(ぼば)」は男馬
「牝馬(ひんば)」は女馬
「せん馬(せんば)」は去勢された牡馬(注)

(注)「せん馬」:競走馬の気性は激しいのが普通なのですが、
「集中出来ない」「気合いが入り過ぎる」等の理由で、レースに悪影響を及ぼすことがあります。
そこを調教するのですが、中にはどうしても厩務員や騎手などの、
関係者の言うことを聞けない馬も存在するわけです。

その様な馬の場合、去勢(生殖部の切除)して、気性を良化させる必要があるのです。
去勢することにより、顕著に良くなった例がありますが、せん馬は他の馬より強くても、
2~3歳限定の「G1レース」には出走出来ないのです。
何か切なさも感じますね。

【競馬場のあれこれ】

競馬場の観客

『競馬場と競走馬の関係性』

先ずはレースが行われる競馬場ですが、
JRAが主催する競馬競争は、日本全国の以下の10カ所の競馬場で行われます。

北から「札幌競馬場(北海道札幌市)」「函館競馬場(北海道函館市)」
「福島競馬場(福島県福島市)」「新潟競馬場(新潟県豊栄市)」
「中山競馬場(千葉県船橋市)」「東京競馬場(東京都府中市)」
「中京競馬場(愛知県豊明市)」「京都競馬場(京都府京都市)」
「阪神競馬場(兵庫県宝塚市)」「小倉競馬場(福岡県北九州市)」となります。

基本的に1月から12月まで、上記競馬場のいずれかで、
毎週土曜、日曜の2日間開催されています。

競馬場には「右回りコース」と「左回りコース」が有るのですが、
日本に最初に出来たトラック式の競馬場が、右回りだった事も有り右回りの競馬場が多いです。
左回りは「東京、新潟、中京」の3競馬場で、残りの7競馬場は右回りとなります。

また、全ての競馬場に「芝コース」と「ダート(土)コース」が有り、
障害競争は専用のコースを持っている競馬場も有れば、障害物を設置してレースを行う場合も有ります。
※障害競争は北海道の2競馬場では行われていません。

ここで右回りと左回りについて、何が影響するのか考えてみたいと思います。

人間が行う陸上トラック競技は左回りが一般的ですが、人間の生理学的に言えることから、
右利きや左利きに関係無く、二足歩行の人間の心臓に負担の少ない左回りが自然のようなのです。

言われてみれば、野球のベースランニングや、スピードスケート競技などは左回りです。
何だか難しい分野の事ですが、それなりの理由があるのですね。

では馬はどうでしょうか。
四足動物にとっては、心臓の位置より四足のどの肢(あし)を軸足にするかが重要なようです。
馬術用語では「左右の前肢のうち、遅れて着地する肢を手前肢」と言います。

人間同様に四足動物の馬でも「左利き(遅れて着地する左前肢)」と
「右利き(同右前肢)」が有りますが、普通はどちらでもこなすそうです。

しかし、ずーっと同じ手前ばかりで走っていると「疲れる」「スムーズにコーナーを回れない」
「スピードが落ちる」等の理由で馬自らが手前を変えて走ります。
(競馬中継などで度々「手前を変えた」とか実況されていますね)
ですが人間同様「器用な馬」「不器用な馬」が居るので、それを調教したりもするのですね。

利き足にもよるのかも知れませんが、手前を変える事が下手な馬も居て、
競馬場(右回りか左周りか)によっては、得意不得意が出る事もあるみたいですよ。


↑手前を変える瞬間がよく判ります。

現在JRA主催競馬場のほとんどが、オーバル型という楕円型の形状ですが、
阪神競馬場だけが、多少いびつな楕円形になっています。(空中写真で見ると判りますよ)

海外の競馬場もほとんど楕円型なのですが、中にはおむすび形の三角型や、
馬蹄型といって「つ」の様な形状の競馬場も有ります。

また、競馬場ごとに上りや下りの坂が設けられていたり、芝生の長さやコーナーの角度も様々で、
レースによっては坂の前後でレースが動いたり、着順にも大きな影響を及ぼす事も有ります。
様々な状況が絡み合いレースの駆け引きを行う事が、騎手の腕の見せ所なのかも知れませんね。
そういった所も実際に競馬場で観戦すると、面白さも倍増しますよ。

【競馬の豆知識】

ここまで競馬の知られざる一面等を紹介しましたが、
途中で「?」となっている箇所も幾つか有ると思いますので角度を変えてみます。

『G1とか、重賞の意味は?』

JRAが主催するレースは「馬の年齢」と「獲得賞金額」によるクラス分けで、
どのレースに出走する(出来る)かを決めます。

判り易い様にピラミッド形に当てはめると頂上から順に、
①「G1(略称ジーワン)」②「G2(同ジーツー)」③「G3(同ジースリー)」という
グレードレースが昭和59年より格付けされました。
※格を表す記号として「GRADE」の頭文字である「G」を使用しています。

次に④「リステッド」⑤「オープン特別」⑥「1600万円以下」⑦「1000万円以下」⑧「500万円以下」となり、
デビューは「新馬戦」或いは「未勝利戦」で、基本的に1勝すれば上のクラスへ昇格します。

上から5番目に当たるオープン特別というレースに出走出来るのは、
「オープン馬」という獲得賞金の最高グループに属する馬です。
オープン馬になると、オープン特別からG1まで出走する権利を得ますが、
実力に見合ったレースを厩務員や騎手の意見も交え、調教師が判断します。

「重賞」という意味は時代等の様々な理由で複雑になり、ここだけでは解説しきれませんので、
簡潔に言いますが「G1からG3までのレース」という判断で良いと思います。

楽しみ方の一つとして、一度で良いので近くの競馬場に足を運んで貰えたらと思います。
やはり馬の走る姿には見入ります。また迫力も有ります。
見ている目の前を通る時には「ドドドっ」と、地響きの様に身体に伝わってきますから。
自然に興奮してきて思わず「行けー!」と、声を上げてしまった、なんて事も有りますので。

あとは、「パドック」という場所でしたら、馬が間近に見られます。
レース前の顔見せ的な場で、馬の歩様や、毛づや、落ち着きが有るか、
それで専門家などは調子を判断し、レースでどうなるかを予想したりします。

まあ素人が見ても余り判らないのが正直なところですが、イケメンだとか変な顔だな、とか、
独断で楽しむ事も出来ますね。
(声に出してしまうと関係者に睨まれるかも知れませんのでご注意を)

毛づやという言葉が出ましたが、馬には様々な毛色の馬が存在しますので、少々解説を。

『鹿毛(かげ)』:明るい赤褐色から暗い赤褐色まで。代表産駒「ディープインパクト」
『黒鹿毛(くろかげ)』:鹿毛よりも黒味が強い。代表産駒「ナリタブライアン」
『青鹿毛(あおかげ)』:全身ほとんど黒色で、僅かに褐色の部分も。代表産駒「メジロラモーヌ」
『青毛(あおげ)』:ほぼ黒色で、季節により黒鹿毛等に見える事も。代表産駒「ヴィヴロス」
『芦毛(あしげ)』:全体に白色毛が混ざる(灰色)年を取ると白味が増す。代表産駒「オグリキャップ」
『栗毛(くりげ)』:黄褐色(茶色)で長い箇所は濃淡が有る。代表産駒「テイエムオペラオー」
『栃栗毛(とちくりげ)』:黒味が強い栗毛だが黒色になならず。代表産駒「サクラローレル」
『白毛(しろげ)』:その名のとおり白色。代表産駒「ユキチャン」

以上全部で8種類の毛色となりますが、色によってとても綺麗な馬も見られます。
「走る芸術品」とまでいかなくても、額縁に入れたい様な馬も居るんですね。
文字だけでは判断は難しいので、テレビや実際に見て判断していただけたらと思います。

因みに馬名ですが、JRAでの規定で「2文字以上9文字以下」となっており、
常識の範囲内で命名しなければ、様々な禁止事項に触れて登録出来ない場合も有ります。
恰好の良い馬名、面白い馬名も多いので、それも楽しみ方の一つかも。

また、競馬場によっては、広々とした安全な場所に遊具なども設置されていますので、
お子様連れでも丸1日遊べます。
出来れば行く前に多少調べて行くと良いですね。

馬券とマークシートと競馬新聞

馬券を購入しなくても、入場料100円~200円で済みますし、15歳未満は無料となっています。
ただしこれは全て競馬開催している競馬場に限りますので、確認をお願いします。

以前の競馬場のイメージは、寒々しい灰色のコンクリートに煙草の煙が充満し、
競馬新聞片手に赤えんぴつで予想するおやじの姿が連想されました。
(凄い偏見ですが。)

しかし、今は凄いですよ。ショッピングモールまではいかなくても、
カラフルな色合い、清掃のしっかりしている競馬場がほとんどで、
カップル、親子連れ、老若男女問わないレジャー施設に生まれ変わっています。

芸能人や著名人も馬の所有者として来場する事も有りますから、
運が良ければそんな人との遭遇も出来るかも知れません。

まだまだ解説し足りないですが、自分なりの楽しみ方を見つけて、
周囲の方に迷惑を掛けずに楽しんでください。